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脇差 為再思軒固山宗次作之 天保八年六月日(新々刀 上々作) |
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日刀保 特別保存刀剣 NBTHK Tokubetsu Hozon |
品番:1010-2005 |
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白鞘入り | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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【コメント】 宗次は奥州白河に固山宗平の弟として生まれ、加藤綱英の門人となり、のち白河の松平家に抱えられ、松平家の伊勢転封にしたがい、桑名に移住し、天保二年ころに江戸に出て鍛刀する、一時尾張でも駐鎚し、嘉永五年ころからは四谷左門町に住み、当時同じ四谷伊賀町に住んだ清麿と張合ったのは有名な話です。 作刀は一貫して備前伝に終始し、新々刀期における備前伝刀工の第一人者といわれ、単に作刀の出来がすぐれているだけではなく、斬味もまた素晴らしく華実兼備の名刀として称賛され、清麿と共に幕末を代表する刀匠のひとりです。 本作は宗次の高度な技量を十分に示した典型作です。 |
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